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洞窟/隧道/穴/窪み 探検

天海僧正が祀った穴の稲荷

現在でも異次元的な雰囲気が残る上野の山だが、江戸時代から怪猫狐狸の噂が絶えない土地だったらしい。  維新後も彰義隊と新政府軍との上野戦争がらみの逸話が残る、東京のミステリースポットの老舗的存在である。

ところで皆さんは “将軍家ご公認” ともいえる 『狐の穴』 が今もこの場所に残っていることをご存知であろうか。

花園稲荷神社

東京都 台東区 上野公園 4-17

徳川家光が寛永寺を開基するまでは、上野の山にはウッソウとした森があったようで、 この地に徳川家の菩提寺として寛永寺を建立した際には、数多くの狐が住処を追い出されたらしい。

そんな彼らを慰撫するために天海僧正によって祀られたのが、写真の 『穴の稲荷』(花園稲荷神社)だという。

つまり、この穴は徳川家ご公認の狐の住みか、というわけだ。

そういう経緯であればこの穴にはたくさんの伝説が残っていそうだが、残念なことに花園稲荷神社のサイトを見ても そのような話しがまったく書かれていない。

神社のサイトをつくる際は、ご祭神がナニナニノミコトだと書くのと同じように、 境内に住むイタズラ狐が人を化かした話しとか、境内にある石像が夜な夜な騒ぐので名のあるお侍さんに退治してもらった話しとか も忘れずに記載して欲しい。

いやむしろそちらの話しのほうが大切なくらいだ。  ウェブ製作者はよくよく肝に銘じて欲しいものだ。

花園稲荷神社のサイトには書かれてはいなかったが、ここはなんといっても徳川家ご公認の狐穴である。  上野近辺に起源を持つ狐伝説には少なかれこの穴がからんでいるに違いない。

この地に由来する狐の話しの中から二つを紹介しよう。

◆谷中にあった伊呂波茶屋(イロハちゃや)という茶店では、客の前の杯やら煙草鉢などがよく空中に浮かんだという。  ある日、火鉢にかかっていた湯の煮えたぎるヤカンが浮かび上がったのだが、突然落ちて湯が四方へ散った。 それ以来、 この店で物が浮かび上がることは無かったらしい。 おそらく、姿を消した狐がイタズラに物を浮かばせていたのだが、 ヤカンに手を出し火傷をして懲りたのだろうといわれている。

◆甲子夜話を書いた松浦静山の根岸の屋敷に、上野の山から古狐がよくやってきてはカラスを化かしたらしい。  カラスがとまった木の周りをその狐がグルグルと回るとカラスは飛べなくなり、狐が頭を揺らすとカラスも同じように頭を揺らす、 という術にかかってしまうのだとのこと。

これらの狐とこの 『穴の稲荷』 との関係性は残されていないが、恐らくなにかしらの関係はあったはずだとワタシは思う。 上野近辺の狐で 穴の稲荷 を知らないモグリなんているはずがない。(穴だけにモグリ。。。)




アクセス

【花園稲荷神社(狐穴)】
JR上野駅下車徒歩15分、上野公園内。



【寛永寺 根本中堂】


【西郷丼が食べられる(聚楽第)】 名物 「西郷丼」 はここのオリジナル。 サツマイモの天ぷら、豚の角煮、サツマアゲ、鳥そぼろといった、薩摩関連の 具材とほうれん草の上にのった温泉卵のどんぶりです。


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