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洞窟/隧道/穴/窪み 探検

蕎麦好きな狐、澤蔵司の霊が住む窟

東京は意外と歴史のある街で、さまざまな伝説が残っている。  そんな伝説と現在とが、あるアイテムで結びつくことがたまにある。  そして、その結びつきを発見できたときは本当に嬉しくなる。

今ある東京はそれ単体で存在するわけでなく、長い年月の結果として今ある姿になっているのだ。 もちろんワタシたち自身だって、長い歴史の一部なのだ。

澤蔵司稲荷

東京都 文京区 小石川3丁目17−12

元和四年(1620年)、澤蔵司という青年僧が小石川の傳通院の学寮に入寮した。  彼は実に非凡な才能の持ち主で学寮僧中の白眉といわれたほどだという。

ここまでは史実らしいのだが、問題はここから。 なんとこの秀才僧、その 正体はなんと狐だったという伝説がある。

なんでも同僚の学僧が尻尾を出して寝ている澤蔵司の姿を見つけバレてしまい、 それで澤蔵司は傳通院の覚山上人に自分の正体を告げ、学寮を去っていったのだという。  もっとも 澤蔵司稲荷のサイト では彼が狐であるとは書かれておらず、神になったとかかれているだけだが。。。

この澤蔵司の話しは他にもいくつかある。

当時から傳通院の前の道には巨大なムクの木があった。 戦火で上半分が 焼けてしまっているが、今でもちゃんと残っている。

戦火で焼けてしまったので切り倒そうという計画もあったのだが、その担当だった区役所職員が二人も死んでしまい、ムクの木の祟りだと囁かれた。 どうやら白狐の神霊がついているらしく、その白狐こそ澤蔵司だという。

  尚、このムクの木の前に 澤蔵司稲荷 はある。

またこの澤蔵司、大の蕎麦好きだったらしく、学僧時代によく蕎麦屋に通っていたという。 その蕎麦屋は 『稲荷蕎麦萬盛』 といって、なんと今も営業をしているのだ。 人に化けた狐であるので、当然澤蔵司が支払うお金は木の葉だったらしい。 これまた澤蔵司稲荷のサイトでは澤蔵司がこの蕎麦屋に通っていた旨は書かれているが、木の葉のお金のことは書かれていない。。。

澤蔵司稲荷には写真の霊窟(おあな)があるほか、区画整理で居場所の無くなった稲荷祠が数多くある。 サイトには澤蔵司の正体が狐だとは書かれていなくても、澤蔵司と狐とがなんらかの関係があることは間違いない。




アクセス

澤蔵司稲荷(霊窟)
都営地下鉄 春日駅から徒歩7分、東京メトロ 後楽園駅から徒歩10分



【稲荷蕎麦 萬盛】 03-38112763 日・祭 定休日


【ムクの木】


傳通院


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