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日野の表と裏を繋ぐ矢通反隧道

山や崖などで遮られた二つの場所を繋ぐ隧道。 それは単なる生活に便利な通り道ではなく、 異なる世界を繋ぐ 『抜け道』 でもあるのだ。

隧道のコチラ側とアチラ側、距離的には近くても、まったく違う世界が広がっている場合もある。 そんな隧道は実に神秘的だと思う。 しかし、そんな隧道に入ってしまったら、必ずしも無事で帰れるとは限らないのだ。

矢通反隧道

埼玉県 秩父市 荒川日野

東京の西部や埼玉の秩父地方には、山や川に囲まれたせいで都市化の波から逃れられた場所がポツポツと点在している。 

そしてそれらの都会人からみれば神秘的に映る空間へ入るには、長くて険しい一本道をひたすら進まなくてはならない場合もあるだろうし、一度川に沿って下流にまで歩き、橋を渡って再び川に沿って上流まで歩かなければならない場合もあるだろう。

  だが最も幻想的なのは、そういった場所と普通の町とがトンネル(隧道と呼んだ方が気分がでる)一つでつながっている場合だ。  秩父鉄道 武州日野駅から600メートルぐらいのところにある写真の『矢通反隧道(やとおそりずいどう)』は そんな 『未知への扉』 のようなトンネルだ。

武州日野駅近辺も実に素朴な田舎である。 近くの熊倉山に登った帰りに自動販売機で 缶コーヒーを買って飲んでいたら、地元の 5・60歳ぐらいのおばさんが声をかけてきてくれて、 どこまで行ってきた? 熊倉山に登ったのか? 疲れただろ? 晴れていたか? よかったな? などとねぎらいの言葉を かけてくれるような素晴らしい場所なのだ。

しかし、トンネルのコチラ側(写真奥:表日野/駅がある側)とアチラ側(裏日野/熊倉山がある側)とでは都市化の度合いが急激に変る。

ワタシが熊倉山から下山してきたときは夕暮れ前、カラスが鳴き始める時間帯だった。

山を降りてきたワタシは、はじめ鉄工所で鉄を切っているのかと思えるような凄まじい音が進行方向から聞こえてくるのに気がついた。 ところが歩いていくにつれ、それは猛り狂ったようなサルの叫び声で、しかもこれから進む細い道の脇にある神社の屋根の上から聞こえていることに気がついたのだ。 駅までは一本道なので避けるわけにはいかない! 最も近づいたときで、ワタシの足元から水平に3メートル離れて垂直に3メートル上がったあたりに人間の保育園児ぐらいのサルが7・8匹、飛び跳ねながらこちらを威嚇するように叫んでいるのである。 彼らの筋力なら軽くこちらに飛び掛れそうな距離だ。

ワタシは動転しそうな気持ちをなんとか押さえ、飛びかかられたときの盾にするために、背負っていたデイバックを左手に持って頭の横に構え、レキポールを右手に握って臨戦態勢を取った。 とはいえ、なるべく戦いたくはない。 かのゴットハンド、マス大山氏によれば、普通の人間は刀を持ってようやくホンキで襲ってくる犬一匹と互角に戦えるのだということである。 今、相手は多数だし、しかも彼らは有利な高所にいる。 ワタシは刃物を持っていないし、まともに戦うのは絶対に避けたいと思ったのだ。

デイバックで顔を隠し絶対に目を合わせないように、それでも万が一襲ってこられたときはすぐ反応できるように彼らの位置だけは確認できるようにしながら、静かに静かにその場を離れていった。

結局無事に矢通反隧道を通り抜け表日野に到着し、最初に書いた缶コーヒーの場面へとつながるわけだが、さきほどのおばさんによれば、トンネルのアチラ側はこの時間よくサルが暴れているが、トンネルのコチラ側に来ることはまず無いから安心しろ、とのことだ。

甘い缶コーヒーと素朴なおばさんの言葉に癒されているコチラの世界と、凶暴なケモノたちが猛り狂うアチラの世界。  トンネル一つ隔てただけでこうも世界が変るとは、まさに、恐るべし隧道だ。 しかし、こういう隧道の存在は嬉しくもある。 いまでも矢通反隧道のアチラ側では夕暮れになるとサルたちが猛り声をあげているのだろうか、と想いをめぐらせ、都会のマンションの一室でのんびりとこれを書いている。



文中に出てきた場所

【矢通反隧道】 北側の表日野と南側の裏日野とを繋ぐトンネル。
昭和15年に着工され翌年に完成するも、予算が足りずトンネルの両側の高度
をあわせることが出来なかったため、内部が かなりの急勾配となっている。たぶん、冬場は凍って滑って通れない気がするなぁ。

【熊倉山】 日帰りできる山ではあるがナメテはいけない。 武州日野駅から登ると標高差が1100メートルもあるのだ。
山頂には祠があり、詳しくは書けないがかなりご利益がある。

【サルが騒いでいた場所】 もしまた熊倉山に登るとしても、 夕暮れ前にはこの場所は通りきろうと思う。いやー、怖かった。

【缶コーヒーを買って飲んだ自動販売機】 ここで缶コーヒーを飲んでいたら、地元のおばさんに声をかけられ、しばらく話し込んでいた。

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