東京は下町、浅草の隣にある合羽橋。 今回の訪問で発見したことは

「合羽橋は合羽であると同時に河童でもあった?!」
「河童村という組織があった!」
「合羽橋には河童のミイラがある!」
「やっぱり手塚治虫は偉大だった!」

の4つでしたねぇ。 最後の手塚治虫先生がどう河童と関係あるのか、それは最後まで読んだエライ人のみが知ることができるのでカッパッパ♪

ちなみに左の写真は今回の訪問で見つけた河童オブジェの中で、 “ワタシ的 好感度ナンバー1”の座を射止めた河童君(正式名称知らず・・・)です。彼は「座布団の もりもと」の店先であどけない笑顔を振りまいておりました。





昔このあたりは水はけが悪く、 大雨が降ると洪水に悩まされていたとのことです。

そこで地元に住む合羽屋の川太郎さんという方が、 自腹を切って治水工事を行ったのだとか(エライ!)。それ以来、この地から洪水の心配がなくなったとのことなのですが、 この治水工事において、 以前、川太郎さんに助けてもらったことのある大川の河童くんたちが大活躍したという嬉しい伝説が残されているのです。

右上の写真が一生懸命、工事を手伝ってくれた河童さん達を描いた絵です。この絵は曹源寺の河童堂に展示されていますが、ご覧になるには事前の連絡が必要ですので、念のため。

つまり合羽橋は“合羽屋さんが作った橋”であると同時に“河童さん達が作った橋”でもあるわけなので、合羽橋に河童がいてもなんらおかしくないのです。

このときの資財を投げ打って治水工事をした合羽屋さんのお名前は川太郎さんというらしいのですが(このネーミングはチトやらせっぽいですが・・)、この川太郎さんのお墓は合羽橋本通沿いにある曹源寺(通称かっぱ寺)に今も残っています。(左の写真です)

よく見ると墓石の上部に“お皿”がついていて、合羽屋さんがいつのまにか河童になってしまったというオチつきなんですよねぇ。

この川太郎さんのお墓には「てっぺんへ手向けの水や川太郎」という歌が刻まれており、ワタシのような無学モノにはその意味が分からないのですが、どのような意味が隠されているのか、お解かりの方から是非、ご教授いただきたいのもです。





さすが河童さん達が治水工事を行った場所、いまでも合羽橋本通りには たくさんの河童さん達があふれています。 そして、その河童さん達を優しく見守っているのが"河童村"なのです。

この河童村、河童村村議会なるサイトまであるのですが、そのサイトを見ても、どのような活動をされているのか良くわかりません(^^;)が、活動している人たちがとても楽しそうなのがすばらしいですねぇ。

  ちなみに河童村の村長さんのお店が最初に紹介した“10年経ってもへたらないといわれる座布団”を製造販売している「座布団の もりもと」なのです。 合羽橋本通にある七体の河童の木像は村長さんのデザインだとか。

合羽橋本通りの河童の木像は、河童ファンなら、是非、七体全部見てみたいものです。 河童村評議会のサイトには、木像になった河童にまつわる(たぶんオリジナルであろう)河童伝説が掲載されていますので、合羽橋本通りで河童の木像を探索する際には、是非、そのページをプリントアウトして持って行くことをオススメしますよ。

また、この通りにある「肉のさがみ屋」(河童村村議会の重鎮の方のお店のようです)には"かっぱステーキ"と名づけられた牛肉の赤みとバラとをクルクルと巻いて串に刺して焼いたものが売られているのですが、これはかなりイケますよ!

“かっぱステーキを食べながら合羽橋本通りで河童を探索する”というのは河童ファンなら是非一度おためしいただきたい休日の過ごし方でしょうねぇ。 こんなサイト もありましたので、結構有名なのかもしれませんね。

しかも、先に紹介した河童伝説には、「河童」と「牛肉」と「相模(さがみ)」とを結びつける伝説が紹介されているのですよ!(というより、このお店と河童との関係を匂わせる伝説をつくってしまった"というか。。。) そういうのって、なんだかとっても嬉しいじゃありませんか。 是非、この伝説を読んでから かっぱステーキを食べてくださいませ。(くわしくは「河童村村議会」の「河童伝説」で「河童のきっちゃんの物語」を読んでねん♪)





合羽橋本通りの凄いところは木像だけでなく、本物(?)の河童の手のミイラが祭られている曹源寺の存在でしょう!

右の写真(クリックすると別角度での拡大画像が表示します)がその曹源寺の河童のミイラなのですが(収められている箱の蓋には「水虎之手」と書かれてあります)、どうです、どう見てもホンモノでしょ。

河童のミイラというのは意外なことに日本全国に多数存在するのですが、 あんまり見たことのある人ってのは多くないと思いますので、この写真はとっても貴重なのではないでしょうか!  と、まずは自画自賛といたしましょう。

こういうものがキチンとお寺に祭られているってのが嬉しいですよね。まだまだニッポンは捨てたもんじゃありません。この河童の手のミイラも、上で紹介した治水工事を行っている河童さん達の絵も 曹源寺のお堂(河童堂)に納められておりますが見学するには事前の連絡が必要ですので、お忘れやなく。





河童のミイラが祭られているお堂の天井には、様々な方が描かれた 河童の絵がはめ込まれているのですが、なんといっても感激なのは 手塚治虫大先生の絵があるということです。

左の写真がソレなのですが、ドテラ姿でキセルを楽しむ、実に粋な河童でしょ♪ この絵を見つけたときは、そりゃ嬉しかったですよ!

お堂天井にはその他にも、河童絵の大御所 萩原楽一センセイの 色っぽい河童のオネエサンの絵や、清水対岳坊センセイや神保朋世センセイなどの 日本画っぽい河童絵などがありますので、しっかりと事前に連絡をいれてからジックリと鑑賞してみたいものです。





概ね「職人河童」

合羽橋本通りの入り口(上野方面)にいる第一号の河童です。 たぶん「物知り河童」か「職人河童」のどちらかだと思いますが、 設置場所の近辺が職人さんの店が多いので“概ね職人河童”としておきましょう。

「縛られ河童」

居酒屋「たか」の前に設置してあります。悪さばかりしていたために縛られてしまい、百万の人から叩かれ、その人々に功徳を授けることを条件に放してもらったのだとか。
「船頭河童」

浅草の商家の若旦那と、向島で江戸友禅の仕事をしている職人の娘との仲を取り持った河童だとか。いわゆる「縁結び」の河童です。
「韋駄天河童」

足が速く、水戸藩のお殿様へ座布団(もしかしたら「もりもと」の座布団でしょうか)を届けたという伝説が残っています。交通安全・健脚健康を司る河童だそうです。

「への河童」

川に溺れた子供達をおならで助けたという伝説があります。どんな方法で助けたのかは河童伝説でご確認ください。おならの河童がなぜか「大願成就」の河童になりました。
多分「ものしり河童」

上述の「もりもと」の前に設置されたのがこの河童。 恐らく「ものしり河童」だと思われるこの河童には、人間世界で寺子屋をつくり様々な学問を教えたのだという伝説が残されています。
台東区のへそ

「台東区のへそ」に位置するモニュメント。河童・・・、じゃないよね、これ。
河童のきっちゃん

弱虫河童「きっちゃん」は、相模の国の猟師から牛肉をもらって食べることで、 強くなったんだそうです。「きっちゃん」が「肉のさがみ屋」の前に置かれているのも何かの縁でしょうねぇ。

かっぱのぎーちゃん

これは河童寺で有名な曹源寺の入り口にある「かっぱのぎーちゃん」です。 デザイン的にはワタシは一番のお気に入りです。

蛙かっぱ

いい雰囲気の漂う、頭に蛙を乗せた河童です。タートルネックっぽいんで、 亀で蛙で河童という感じですねぇ。


河童のお面をつけた少年

か弱い美少年が河童のお面をつけた、なんか純文学っぽい木像です。
踊る河童

テプコの入り口にあるこの河童は踊るんですよ♪
河太郎の象

2003年10月に合羽橋道具街誕生90周年を記念して建てられた黄金の河童像です。合羽橋では「川太郎」と言えばこの地域の治水工事を行った人間の名前ですので、「河太郎」と標記しているのがポイントですかねぇ。
どぜう飯田屋

合羽橋本町にある超有名な「どぜう飯田屋」です。写真の「どじょう丼」や「どじょう鍋」も美味いですがキワメツケは白ミソ仕立ての「どじょう汁」ですかねぇ。
河童っぽいオブジェ

合羽橋の調理用具屋さんには写真のような河童のオブジェが結構売られているんですよ。ワタシはこのちょっと怖い河童が気に入りましたねぇ。