皆さんのご存知の招き猫は右手を上げているでしょうか? それとも左手をあげているでしょうか? 東京の招き猫で 有名な
豪徳寺
の招き猫は右手を上げていますが、同じ東京の招き猫伝説でも サウスポーの猫もいるのです。それが、この西方寺の招き猫です。
西方寺のサウスポー招き猫には 薄雲太夫という名前の、猫をとても可愛がっていた 吉原の花魁にまつわる言い伝えがありんす♪ あるとき太夫がおトイレに行こうとすると、この猫が 太夫の着物の裾をつかんで離さなかったのだそうです。 その時の猫ちゃん、あまりにも恐ろしい形相だったので、 恐ろしくなった太夫が助けを呼ぶと、 駆けつけた楼主はすぐさま 脇差を抜いて猫の首を切り落としてしまいました。 すると猫の首はおトイレの下に飛んでいき、 そこに隠れていまにも太夫に飛び掛ろうとしていた大蛇に食らい付き、 見事噛み殺したのだそうです。つまり猫ちゃんは「蛇がいるからそっちへ行くな」と太夫の裾をつかんでいたっていうわけです。
ぬおー、なんて良い猫なんだ。それを殺してしまうとわぁぁぁぁ。 太夫もとても後悔したそうで、西方寺に猫塚をつくり招き猫の像を祀ったのだとか。そしてその像が左の写真なのです。左手を上げているのは、 多分、太夫の裾をつかんだ腕が左手だったからでしょうかねぇ。
現在は(※1)、招き猫は西方寺の門をくぐり、奥のお墓へ入る扉を抜け、 ちょっと行った左手にある「高尾太夫」(※2)のお墓の脇に チョコンと座っております。
お墓へ入る扉の手前に、狸のような猫(?)を発見しました。 この猫にもなにか謂れがあるのでしょうか?
西方寺を門の外から眺めた写真です。招き猫は写真右奥の お墓へと 続く引き戸を抜け、少し行った左手です。
※1 現在は
現在は招き猫はお墓スペースにありますが、 ちょっと前までは表門の向かって右の塀の上にあったそうです。 多分イタズラするヤツ等が多かったので、移動させられたのでしょうか。
※2 高尾太夫
高尾太夫と名乗った花魁はたくさんいたらしいですが、 ここに眠るのは2代目(諸説がありますが)の、 別名「仙台高尾」と呼ばれる花魁で、 伊達綱宗に惚れられ、身長と同じだけの高さに積み上げられた小判で 身請けを迫られましたが、鳥取藩の島田重三郎という侍に操をたてて、 これを拒んだために(小判を拒んだ(^^;)、 隅田川の中州で切り殺されてしまったというのです。 この話は設定を足利時代に、綱宗を足利頼兼にそれぞれ置き換えられて、 歌舞伎の話にもなっているとか。
また落語の「紺屋高尾」という話にもこの高尾太夫という 花魁が出てきます。この話は 太夫に惚れた紺屋の職人が3年間働きづめでお金をためて、 どこかの若旦那を装い 高尾太夫の元へ通いますが、別れ際に「次はいつ会えるか」と 聞かれ、正直に自分の素性を明かし、あと3年たったら またお金をためてくるってなことを伝えると、 太夫はその素朴な紺屋職人に惚れてしまい、 年季明けにこの職人のもとに嫁ぐという人情話です。 この高尾太夫はこれまた諸説がありますが、 6代目の高尾ではないかと言われているようです。
この辺りは、いくつかお寺やお墓が並んでいますので、 ちょっとわかりづらいかも。
高尾太夫の話も是非、調べてみてください。
花魁という言葉の響きは 実に
割りにアレ
ですねぇ〜。
都営地下鉄 三田線の西巣鴨駅下車3分。白山通りの東側にあります。
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