新郷土料理探検

饅頭の天婦羅 (福島県 会津若松地方)

“饅頭の天婦羅”だ。 餡子の入った茶まんじゅうの天婦羅なのだ。

しかし、よくある観光客目当ての気をてらった料理なんかではない。
“饅頭の天婦羅”こそ、
福島県の会津若松地方の庶民の生活に根ざした伝統的な料理であり、
ある意味、目に見えぬ大いなる存在に対する畏敬の念が具現化したものと言えるのだ。

「目に見えぬ大いなる存在に対する畏敬の念が具現化した饅頭の天婦羅」
とは、難解な哲学書にでも出てきそうな表現ではないか。

こんな形而上学的思いを眉間のシワに刻み、ある日ある朝、
ワタシは愛車に乗って遠く会津若松の地を目指したのだった。
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昔は甘いものは非常に貴重だったので、なにかの折に饅頭を手に入れたときは、まずは神棚に捧げたのだとか。

すると人の口に入るまでには日数がたち、カビが生えていたり腐りかけていたりする場合がでてくる。
そういう理由で饅頭を天婦羅にして食べたというのが始まりだということだ。

科学万能主義にどっぷりつかった現代人には、目に見えぬ存在に畏敬の念を持ち、それに貴重なものを捧げるなどということを
理解することは難しいだろうが、いまでも地方のご年配の方々にはそういう感覚が残っているものだ。

その饅頭の天婦羅、味はというと、餡の甘さが揚げることによってよりシットリとしたコクのある甘みになり、実に美味しくなるのだ。
これは自宅でも試してみる価値はあるかもしれない。

饅頭の天婦羅を食べることができる、福島県河沼郡河東町八田にあるお茶屋さんの近くには
「強清水(こわしみず)」という「ふくしまの名水30選」にもなっている湧き水が出ている。

と言うより、ほとんどの来訪者にとっては「強清水」がメインで、「強清水」の湧き出る場所にある食事処に行ってみたら、“饅頭の天婦羅” なるメニューがあったというのが本筋だろう。

実はこの “饅頭の天婦羅” 、
会津若松だけでなく、長野県の伊那市でも名産品して存在するのだ。

ただし伊那では呼び名が “天婦羅饅頭” と倒置されるので注意。
会津若松では 「饅頭」 は形容詞的に 「天婦羅」 にかかっているのに対し、
伊那では 「天婦羅」 が 「饅頭」 を修飾している点が実は重要なポイントだったりする。

会津若松では あくまでもコレは「天婦羅=人が食べる食材」であり、
伊那では「饅頭=神事に用いる食材」だというわけだ。(にへどん学説)

つまり、会津若松では「お供えした後の饅頭を人が食べるために天婦羅にした」のであり、
伊那では 「痛まないように天婦羅にした饅頭をお供えした」 ということが判るのだ。(ホントか?)

歴史的に見ると、実に素晴らしいことが見えてくる。

高遠藩(現在の長野県伊那市高遠町)を治めていた保科正之は、
実は三代将軍徳川家光と異母弟だったことがわかり、だったらもっと大きな藩を治めさせねばということから、
山形最上二十万石へ移り、その7年の後に、会津若松二十三万石へ転封されたのだ。
この時いっしょに「饅頭を天婦羅にする」という文化までもが継承されたとは考えられないであろうか。

そして、先のワタシの持論からこの饅頭の天婦羅継承説を考えると、
「饅頭を天婦羅にしてからお供えしていた文化」が「お供えした饅頭を天婦羅にして食べる文化」として伝わったということになる。 さて事実のほうはいかに。

さらに、この保科正之には “ソースカツ丼にも関わっている” というワタシの学説があるのだ。
是非、コチラ もお読みくだされ。

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