
煮込み系ソースカツ丼は「カツ丼進化論」のミッシングリンクなのか?
〜過剰に因果関係を用いた歴史教育の問題点について〜

煮込み系ソースカツ丼について話が出てきたところで、ちょっと話題を変えて、
昨今よく耳にする「カツ丼進化論におけるミッシングリンク問題」について
話してみたいと思います。

なにかにつけ因果関係を用いて歴史を説明しようとする人たちがいます。というか、学校で習ってきた歴史はほとんどがこのタイプですが、
因果関係は歴史を動かす力のホンの一部分だということを理解しないと、
歴史の本質は理解できません。「カツ丼進化論におけるミッシングリンク問題」もまさにそんな良い例だと思います。

もう皆さんもご存知でしょうが、念のため「カツ丼進化論におけるミッシングリンク問題」を簡単に説明すると以下のようになります。

日本のカツ丼の発端はソースカツ丼だったようですが、
現在、ほとんどの地方ではカツ丼=卵とじカツ丼です。
ということは、何かのタイミングで、ソースカツ丼から卵とじカツ丼への遷移が起ったのだという考え方があります。
そう、木から下りたサルが人類の子孫アウストラロピテクスへと遷移したように。

アウストラロピテクスは非常に原始的な人類ですが、サルとはまったく異なる生きものです。
サルがどのように進化を遂げてアウストラロピテクスになったかは、因果関係をを多用する歴史学者にもまだよくわかっていないようなのですが、
サルからアウストラロピテクスへと進化する“途中の過程”というのが存在するはずだと考え、
この存在のことをミッシングリンク(失われた間隔)と言われています。仮に彼らの考えが正しいにせよ、
これは“失われている”のではなく“まだ発見されていない”だけなんだと思いますが、
どうも白人種はこのような思考回路を持っているようですねぇ。(閑話休題=それはさておき)

卵とじカツ丼と言うと、どうしても“卵”の存在に注意を払ってしまいますが、
ソースカツ丼と卵とじカツ丼との最も大きな調理方法の違いは、まさに“煮込む”ことなのです。
そこに目をつけたカツ丼進化論支持者は、ソースカツ丼が煮込み系ソースカツ丼になり、そしてそれが
現在の卵とじカツ丼になったという説を発表したのです。(これは一般に「カツ丼進化論」と呼ばれています)

これを聞いて「なるほど」と納得してはいけません。上記の理論は全くの机上の空論なのです。
歴史調査はは現地調査からはじめるものなのです。現地調査を馬鹿にしてはいけません。

カツ丼進化論が過ちなことは現地調査をすればすぐにわかることなのです。
ちょっと調べてみるだけで卵とじカツ丼の発祥の地もやはり早稲田であることがわかります。
江戸時代中期から今も続く蕎麦屋「三朝庵」が
卵とじカツ丼を出した最初のお店として伝えられています。それがいつの時代なのか残念ながらまだ調べきれていませんが、
ただし、その誕生秘話は調査済みです。
“あまったトンカツを親子丼風にして食べたら美味しかったので”というのが、卵とじカツ丼の誕生秘話なのです。

つまり、ソースカツ丼が煮込みソースカツ丼に進化して、さらに卵とじカツ丼に進化したという「カツ丼進化論」は
まったくの見当違いということになるわけです。やはりここでも複雑系の思考方法が必要になってくるのです。
そうです、ソースカツ丼と卵とじカツ丼との間には直接的な(いわゆる●●だから××になったというような)
因果関係など存在しないのです。
すべてはシンクロニシティとしての事象であり、「あるべくして卵とじカツ丼は存在する。」というのが正しい解釈なのです。
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