前の「近況報告」へ <<
>>次の「近況報告」へ
■アフリカ料理と愛国心
しかし。。。
いわゆるエスニック料理が日本に紹介されるときに、よく耳にするのが “日本人の味覚に合わせた” とか “本場のままの味付け” という言葉です。それぞれ真逆の意味で使われますが、 実はどちらも共通の前提のもとに発言された言葉で、その前提というのは「平均的な日本人に とって 本場のエスニック料理は基本的には口に合わないだろう。」というものです。
なぜなら “本場のままの味付け” という言葉は “本場のままの味付けが好きな人に向けて発せられた言葉” である場合よりも、 食べた時に不満を言った人に対して、「あ、これは本場の味付けなので。。」というある意味 “エクスキューズ” のために前もって用いられているからです。
そして、特にワタシが気になるのは、“エスニック料理の話になると、味付け=素材やスパイスの使い方 に対してではなく、辛さにのみこだわる風潮が日本に蔓延している” ということでした。
実際、エスニック料理屋でも「この料理、辛くないですか?」という質問をする客を よく見ます。(このフェアの飲食コーナーでもよく耳にしました。)
日本人の中には “辛いもの≒美味しくないもの” もしくは “辛いもの≒非日常的なもの” として捉えている方が少なからずいるようです。 “激辛ブーム” なるものも、その反動であって、辛いものが非日常だからこそ起きたりするわけです。日常的に辛いものを食べている地方の人には “激辛ブーム” は起きないでしょうから。
だから、あるていどは、日本人がエスニック料理の辛さを気にするのは理解できるのですが、 それでも、料理の味や香りを脇に追いやり「この料理、辛くないですかぁ。」という発言をすることは、ある意味その国を馬鹿にしてるような気がしてならないのです。 また、そういう日本人に日和って、(本来、その料理が 辛い料理なのにもかかわらず)辛さをキッチリと表現していない料理を出すのは、 本場の料理を味わいたいと思って食べに来ている人に失礼です。
前に述べたとおり、味付けや香りに対する興味よりも辛さに対してのみ反応すること自体が おかしいことですので、辛い辛くないではなく、本場の調理方法での本場の味を楽しみたいのです。 その土地を理解する意味でも、 キチンとその土地の料理をそのままの形で食べたいのです。 つまり、辛さにのみこだわることで、本場の味が味わえなくなるのが残念なのですよ。
それは “寿司にケチャップやグレイビーソースをかけて食べている外国人” にも通じることで、そんな食べ方している外国人を見たら「そんな食べ方をして日本料理を理解した気に なってんじゃねぇぞ。」と言いたくなるでしょ。
その土地で普通に食べている食べ方を “日本人の口に合わないから” という理由で、 地元の人にとっては “ありえない方法” 、もしくはそこまでいかなくても、 “普通行うのとは違う味付け” で調理しているのに、「いやー、やっぱり○○地方の料理は旨いなぁ。」なんて言ったって、
なむしょりん
も いいとこですよ。
エスニック料理を食べる時は “その国で食べている料理はどういうものなのか” に興味を持ってほしいのです。興味が無いのなら来なければいいんだし。。。 そうじゃないと、どうしても経済の理論で、日本のエスニック料理屋がみんな “日本人の舌に合わせた” インチキな(本場の味じゃないと言う意味で)料理屋ばっかりに なってしまいます。それはエスニック料理が大好きなワタシにとってとても哀しいことなのですよん。
ふー、エスニック料理に関しては結構アツくなってしまうワタシでした。
上に書いてあることの要約:
エスニック料理は本場の料理法で調理したホンモノを食べたい。
日本風の味付けを求めるお客さんが 多くなると、ホンモノを出すエスニック料理屋が少なくなりそうなので、皆も本場の味を(我慢してでも)食べて欲しいなぁ。
大人の女性が「辛いのいや〜」とか言ってるのを聞くとムカツク。
ま、それはそれとして。。。
ま、それはそれとして、飲食コーナーで10人前ぐらい食べた後で、 物販コーナーで上のサラダ・メシュイを買いました。 これは辛くて苦い不思議な味がする食品(調味料?)で、肉にも魚にもそして野菜にも合って、 普通に作った肉野菜炒めが “人類発祥の地のエネルギッシュな料理” に変わるスグレモノです。 (チーズに海苔を巻いたものに付けてビールのツマミとしてもグッドです!)
ただ、この商品を友人に紹介していた別のお客さんが「これはとても辛いよ。」と 商品説明(?)していたのが
割りにアレ
で気になってしまいました。 また話が戻ってしまいますが、 何故、辛さだけにこだわり、他の風味・味覚を無視するのか。。。
日本人の舌は世界的に見ても非常に感度の高いもので、とても複雑な味を楽しめるものだと、 愛国者チックに信じているワタシにとって、こんな短絡的=アメリカ帝国グローバルスタンダード的に食材の味を定義されてしまうと、とても反発してしまうのです。
「とても辛いよ。」と言っているのを聞いたときも、 「この商品は単に辛いだけではなく、 焼いたピーマンの持つ甘さと苦さが各種スパイスと合わさって とても風味豊かなものですよ。」と、同じお客でありながら営業をかけてしまいました。 ま、営業チックに商品を紹介するのはワタシの趣味みたいなものなのですが。。。
日本人というのは、地続きだったころの大陸経由だったり、 太平洋を船で割ったり、日本海を渡ったりしてやってきた、 好奇心と開拓精神あふれ、尚且つ、四季のある豊かな自然の中ではぐくまれた豊かな感性を持ち、 多種多様な表現方法を持つ日本語を操る、高い教育水準を誇る民族なのです。
当然、海外の食品についても、 “この料理はもともと◆◆気候で○○的な環境の××地方の料理で、 この地方独自の△△系のスパイスを良く使う調理法でつくった料理なので、 ■■な風味の味がするのだ” という理論的な思考ができますし、 味を表現する言葉にしても実にたくさんの言葉を持っており、 単に “辛い” とか “甘い” とか、そう言ったレベルで食品を語る民族ではないはずです。
そういえば、かの国の大統領閣下は子供達に「ホワイトハウスってどんなところ?」と 質問されたら「白いよ」と答えたそうですね。ま、かの国じゃ、そんな程度かもしれませんが。。。
しかし最近、どうも日本人の中に “誰にでもわかりやすくするために、 強調すべき部分だけを単純な言葉で伝えるべきだ” という風潮が蔓延しているようですねぇ。 “グローバルスタンダード” という名の破滅に至る伝染病のせいでしょうが、 そんなことをしていると、そのうち、日本人もグレービーソースをかけたマッシュポテト(最悪だよ、これは!) を食べるようになってしまいますよ!! あ、またアツくなってしまった。。。
以上、愛国心とエスニック料理とが織り成す アフリカン・フェア参加日記でした。
上に書いてあることの要約:
ワタシは人にモノを買わせようと勧めるのが好きだ。
その反面、グレービーソースをかけたマッシュポテトはキライだ。(「反面」という言葉の使い方に間違いあります。)
なんか最近アメリカって鬱陶しい。(て言うか「鬱陶しい」という漢字を実際に書ける人はワタシの周りにはいないなぁと思った。)
ホワイトハウスは白い。
2006.9.3