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砲弾を祀る神社

オフィス街のど真ん中、虎ノ門パストラルの裏手に、まったく場違いな感じで鳥居に続く細い石段がある。

  この上になにがあるのかと、ワクワクしながら登っていくと、まるで秘密の空間のように葺城稲荷神社(フキシロイナリ)があり、そこには実に不思議なものが祀られていたのだ。

葺城稲荷神社

東京都港区虎ノ門4-1-3

このあたりは江戸時代、屋根を葺く職人さんたちが住んでいた場所で葺手町と呼ばれ、坂を上ると(今でも城山ヒルズとかあるが)城山町と呼ばれていた。 その中間にあるので葺城稲荷とは、実にわかりやすい。

この葺城稲荷神社、関東大震災にも耐え(#1)、 現在地に移ってからも東京大空襲でも焼失せず、今に残っているのだとか。  こういう場所はこれからも残しておいてもらいたい。

で、写真の砲弾である。  東京大空襲のときに敵国から落とされたモノなのか?  それとも日本軍が本土決戦用に準備していたものなのか?

気になるところだが謂れがまったく残っていない。

  「戦後、誰かが持ってきた」のだそうだw。  「まだ戦えるぞ」という意思なのか、「もう戦争はコリゴリだ」という気持ちの現れなのか、それとも 「面白いモノ見つけたから飾っちゃえ」というノーテンキな発想だったのか・・・。

  どちらにせよ、キチンと石の台座に乗せられているので、神社側も公認しているのは間違いないだろう。

#1:葺城稲荷神社はかつてはもっと丘の上にあったらしい。  「松平右近将監の大名屋敷外に稲荷社があることを、葺手町(現・虎ノ門四丁目)の町民が元禄4年(1691)に発見」した というのだから、実に神秘的である。  「造られた」のではなく「発見された」のだ!  その後、松平右近将監の許しにより町の氏神として祀られるようになったとのことだ。

葺城稲荷神社には他にも注目するものがある。

  ここの狛犬、なぜか吽形が向って左にあるのだが、この吽形の頭上に穴が開いているのだ。  そう、遠野の河童寺にあるカッパ狛犬 と同じように!

お皿と呼ぶには、頭の大きさに比べて穴の直径が小さいような気もするが、この狛犬を見れば大抵の人は 「あ、河童っぽい」と思うに違いない。うん、違いない。

狛犬の吽形(口を閉じているほう)は、本来(鎌倉時代以前のものは)頭に立派なツノが1本ついていたのだ。  (おそらく西洋の一角獣伝説と何か関係はあるのだろうが。。)  もしかしたら、この狛犬の頭の穴は昔、ツノの細工が付いていた場所なのかもしれない。

しかし、ここは素直に「皇居以東の平地は江戸時代以前は湿地帯だったので、やはり河童が住んでいたのだろう。」と 思うことにする。

都会の真ん中にこういう歴史の爪あとを見つけると、なんだか無性に嬉しくなるなぁ♪




【葺城稲荷神社】謎の砲弾と頭に穴の開いた河童タイプの狛犬が祀られている。存在そのものが都会のミステリースポット!

【謎の空き地】別に謎でもなんでもないのだが、結構長い間、空き地のままなのが、 日本経済の低迷を反映しているようで物悲しい。

【江戸見坂】ナイジェリア大使館や日本コロムビアがある急勾配で坂道ファンには定番の坂。雪の日には徒歩でも車で通りたくない。

【日本刀の博物館】二階が日本刀博物館になっており、本物の刀や鍔を無料で見せてくれる。お店の人がかなり詳しい解説をしてくれるのがありがたい。

【そば庄(立食い蕎麦屋)】地下鉄神谷町の駅コンコース直結の立食い蕎麦屋。ワタシ的には 「東京立食い蕎麦屋殿堂入り」の店。


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