HomePage|このサイトへのリンク・メディアでの取り扱いについて|

解体新書のレリーフをジックリと眺めて思ったこと。

江戸時代、死刑囚の首を刎ねる刑場があった小塚原と鈴が森付近には、今でも当時を思わせる神社や碑が多数残されていて、ワタシのような東京散歩ファンには重要なスポットとなっている。

今回紹介するのは、解体新書の発刊を記念して作られた「観臓記念碑」だ。観音ではなく感臓。そのネーミングも素晴らしいが、展示されている解体新書の表紙を象ったレリーフの構図が実に面白いのだ。

小塚原回向院

荒川区南千住5-33-13

TEL:03-3801-6962
別名:南千住回向院

「解体新書」はご存知の通り、オランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア」を杉田玄白・前野良沢らによって翻訳されたものである。その経緯や内容については wikipedia などに詳しい説明が掲載されているので割愛するが、なぜかその表紙は「ターヘル・アナトミア」のものではなく、「ワルエルダ解剖書」をモチーフにしたデザインとなっている。

解体新書の表紙の下部には「天眞楼」と書かれており、これは杉田玄白が主催する私塾の名称であるので、「解体新書」にこの表紙を選んだのは杉田玄白ではないかと言われているが、何故、玄白は「ワルエルダ解剖書」の表紙をモチーフにしたデザインを「解体新書」の表紙に用いたのか。 それに関しては杉田玄白=キリシタン説などあるようだが、それに関してはここでは触れない。(めんどくさいので)

まずは、「解体新書」の表紙を象ったレリーフと、そのデザインの元になった「ワルエルダ解剖書」の表紙とを見てみよう。 ※「解体新書」の表紙は 中村学園のサイト に大きいのがあります。



向って左が「ワルエルダ解剖書」の表紙で、右が「解体新書」の表紙を象った観臓記念碑のレリーフだ。

基本的な構成は同じ。 背景はともに教会を意味し、裸体の男女はアダムとイブを、下の髑髏は死を、髑髏にまとわり付く蛇は知恵を意味しているらしい。

アダムがイブにリンゴを渡そうとしている図柄が、この本が人類に新たな知恵を授けるということの象徴になっているとか、 そういうことをここで言うつもりはない。ワタシが言いたいことを述べる前に、上の二つの表紙の絵のそれぞれの拡大図を下に記する。



そうなのだ!  本家のワルエルダ解剖書では、アダムもイブもリンゴを食べる前なので当然、性に関する羞恥心は無い。なので、 アダムもイブも下半身を平気であらわにしている。

しかし、「解体新書」のレリーフでは、どういうわけか、 アダムは花のようなもので股間を隠しているし、イブも髪の毛で大切な場所を隠しているではないかっ!

これは、当時の日本がアダムとイブの神話を理解していないとか、 別の解釈をしていたとか、そういうことではないと思う。 これぞまさに日本の奥ゆかしさの賜物に違いない。  たとえ医学書とはいえ、性器をあらわにするなんて、我が国では恥ずかしくて恥ずかしくて、、、という感じだったのだろう。 しかも当時の印刷は 木を掘って作る版画だったであろうから、あの部分を明確にノミで掘っていくなんて、ああ、そんなこと、そんなこと、、、

これからみても、解体新書は単なる“翻訳本”ではない、日本独自の解釈で書かれた医学書であることがわかるというもだ。  はい、わかりますとも。

そして、結論だが、ワタシ的には男性は堂々と股間を表しているほうが好きだ。 花で隠している方はなんとなくメメしく見えてくる。 しかも本家「ワルエルダ解剖書」の“ミスター・アダム”は実に雄雄しくて羨ましいったらありゃしないじゃないか!  しかし反対に、女性の場合は圧倒的に“隠した方が”グッとくるんだということを実感した。 ま、「解体新書」はグッとくることを目的に書かれたものではないのだけれど。

「大胆で健康的なセクシー」などという、フジワラノリカ的な感覚はワタシにはまったく理解できない。  隠匿された罪悪感をともなう淫靡なものにこそ、真の性的興奮の根源があるのだ! ということを「解体新書」の表紙から再認識させていただきましたとさ。




アクセス

【首斬り地蔵】 江戸時代に鈴ヶ森と並んで二大刑場の一つだった小塚原刑場の跡地に建つ、処刑者の菩提を弔う地蔵。かなり不気味です。

【小塚原回向院】 鼠小僧をはじめとする歌舞伎4大スターの墓の他、安政の大獄で処刑された吉田松陰らの墓がある。

【彰義隊の墓】 戊辰戦争において上野の山で戦死した彰義隊の遺体をここ円通寺の和尚が運んで火葬し埋葬した墓がある。

【投げ込み寺】 江戸時代、吉原の遊女の死体が投げ込まれるように運び込まれたことからこの名がついた。遊女を巡る数々の事件の碑が今も残る。

【目黄不動】 江戸五色不動の一つ。五行思想によれば青・白・赤・黒・黄はそれぞれ東・西・南・北・中央を意味するはずだが、5色の不動の場所はこの位置と関係が無いようだ。

【泪橋】 言わずと知れた「泪橋を逆に渡るんだ」のあの「泪橋」である。この近辺には丹下段平っぽい人は今も結構いる。

【三ノ輪橋商店街】 東京に現存する昭和っぽい商店街の中では間違いなくトップクラスだろう。見所満載でカメラ片手に半日遊べる。

【南千住仲通】 小塚原回向院に寄った後は、ここを通って三ノ輪橋に行くのがワタシのルール。途中でガンモドキを買うのも同じく重要なルール。



より大きな地図で 小塚原近辺 を表示