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謎★伝説探査
平将門の兜が眠る神社
※1 東京における将門伝説 ■討伐された後、兜が落ちた場所に塚を作った。 → 兜神社(中央区日本橋兜町) ■将門を討伐した秀郷が祟りを恐れて将門の鎧を祀った。 → 鎧神社(新宿区北新宿) ■京都の五条河原で曝されていた将門の首が切り離された胴を求めて東に飛んで落ちた場所。 → 将門首塚(千代田区大手町) ■首を切られた将門の身体が暴れ回り、力尽きて倒れた場所。 → 神田明神(千代田区外神田) ※神田明神のHPによると、もともと首塚にあった神社がこの地に移転されたとのこと。 ※将門の身体は茨城県岩井市の延命院に埋められたというのが一般的な説のようだ。 ■将門の足が祀られている → 筑土八幡神社(新宿区筑土八幡町) ■将門の肖像画、将門の首を入れていたとする首桶があった。(戦火により焼失) → 筑土神社(千代田区九段下) ■将門の手を祀る、首が飛び越えたという伝説が残る。 → 鳥越神社(台東区鳥越) ※将門は祀られていません。ただし神紋は七曜紋。 (将門ゆかりの一族には七曜、八曜、九曜紋や、馬をモチーフにした紋が多い。) ■将門を祀る、真教上人ゆかりの寺。 → 日輪寺(台東区西浅草) ※首塚にある石塔婆の文字は、日輪寺に現存する真教上人直筆の石版を元にしています。 ■将門の幼名に関係する? → 稲荷鬼王神社(新宿区歌舞伎町) ※当社の神主さんから聞いた話では、将門と直接関係あるという言い伝えは無いが、代々この神社の一族の方は成田山へのお参りを 禁じられているそうだ。 (成田山は将門調伏の本尊であるため、将門にゆかりのある人は成田山へのお参りは一般には禁じられている。) などなど、その他にもいくつもあるようだ。 ※2 実は他にも兜神社にまつわる伝説がある ※3 五条河原に曝された首が自力で飛んで東京に舞い戻る ・当時の東京一帯は親将門派の江戸氏(秩父平氏の流れを組み、平良文の末裔。)に よって治められており、 現在の大手町は当時、海につながる湿地帯で柴崎村という漁村であり、 将門ゆかりの安房国の漁民が漁業の中継基地とする一方、安房国の漁民が多数定住していたらしい。 ・その江戸氏が朝廷と掛け合い将門の首を貰い受け、それを(将門ゆかりの安房国の漁民が住んでいた) 柴崎村に塚を作って祀った。 とのことだ。 現在の神田明神も築土神社ももともとはこの旧柴崎村にあったようなので、 江戸城はまさに将門ゆかりの地に建てた城といえよう。 | |||
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