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◆そもそもケサランパサランって何んだ?
謎★伝説探査
合羽橋に河童がいるわけ
合羽橋について是非、語りたいのが、
「合羽橋は合羽であると同時に河童でもある。」
「河童村という組織があった。」
「合羽橋には河童のミイラがある。」
「やっぱり手塚治虫は偉大だった!」
の四つである。 この四つを抑えれば合羽橋についてはもう大丈夫。
曹源寺
その他
東京都 台東区 松が谷 3-7-2 (曹源寺)
東京は浅草の隣にある合羽橋。 昔このあたりは水はけが悪く、 大雨が降ると洪水に悩まされていたのだが、 地元に住む合羽屋の川太郎さんという方が、 自腹を切って治水工事を行って以来、住みやすい土地になったのだという。
そして、 この治水工事において、 以前、川太郎さんに助けてもらったことのある大川の河童さん達が大活躍したという嬉しい伝説が残されている。
左の写真が一生懸命 工事を手伝ってくれた河童さん達を描いた絵である。 この絵は曹源寺の河童堂に展示されているが、ご覧になるには事前の連絡が必要なので、念のため。
つまり合羽橋は“合羽屋さんが作った橋”であると同時に“河童さん達が作った橋”でもある。 だから合羽橋に河童がいてもなんらおかしくないのだ。
このときの資財を投げ打って治水工事をした合羽屋の川太郎さん(このネーミングはチトやらせっぽいが・・)のお墓は合羽橋本通沿いにある
曹源寺(通称かっぱ寺)
に今も残っている。
よく見ると墓石の上部に“お皿”がついている。 合羽屋さんがいつのまにか河童になってしまったということなのだろうか。
【曹源寺】
自腹で治水工事を行った合羽屋の川太郎氏のお墓がある他、
離れの河童堂には 「治水工事をする河童の絵」や手塚治虫先生をはじめとする著名画家の方々描いた「河童の壁絵」、そして「河童の手のミイラ」がある。 河童堂の見学には予約が必要。
【かっぱステーキ さがみ屋】
肉の赤身と白身とを渦を描くように巻いて串に刺して焼いた
かっぱステーキはここで食べることができる。
【もりもと布団店 浅草かっぱ村 村長の店】
ワタシも所属している浅草河童村の村長さんのお店。
10年経ってもヘタらない座布団の販売はもちろん、数々の河童グッズの販売している。
【河童の河太郎像の碑】
合羽橋道具街」が誕生90年を記念し、平成15年10月7日に建造
された黄金の河童像。 治水工事をした合羽屋は『川太郎』、こちらの黄金の河童は『河太郎』。字が違うのだ。
【どぜう 飯田屋】
合羽橋探索の〆はここで どぜう丼をいただくべし。
より大きな地図で
合羽橋探査
を表示
【川太郎の墓】
「てっぺんへ手向けの水や川太郎」と刻まれている。
【かっぱ新聞】
浅草かっぱ村も所属する河童連合共和国が発行。
【河童の手のミイラ】
河童堂に祀られる。箱の蓋には「水虎之手」と書かれていた。
【手塚治虫先生の河童の絵】
河童堂の内側の壁には他にも河童の絵が満載。
【かっぱステーキ】
さがみ屋の売れ線メニュー。
この店のサイト
には河童伝説が掲載。
【どぜう 飯田屋】
「駒形どじょう」と並んで、どじょう料理の老舗の老舗。
【合羽橋で見かけた河童】
合羽橋にはこういう河童がたくさんいる。河童探索遍を見るべし。
【河童の河太郎像の碑】
川太郎氏は人間だが、この河太郎氏は正真正銘の河童。