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◆そもそもケサランパサランって何んだ?
謎★伝説探査
新田義興に殉じた少将局を祀る「愛の神社」(照れるぜ)
多摩川下流には新田義興の伝説が数多く残っている。
ほとんどが恐ろしい雷神伝説にちなんだもので、関連する史跡を訪れるのは ワタシのような変わり者がメインなのだが、今回紹介するのは、幸せそうなカップルたちをチラホラ見かけるような場所だ。
シャラクサイ伝説ではあるが、これはこれで抑えときたい伝説ではある。
女塚神社
東京都 大田区 西蒲田六丁目22番1号
鎌倉から追われ関東で覇権の機会をジックリと狙っていた新田義興の存在を 疎ましく思っていた足利尊氏の腹心 畠山道誓は、元 義興の部下である竹沢右京亮(たけざわうきょうのすけ)を 使って義興の暗殺を企てていた。
畠山に恨みを持っている風を装った竹沢は義興の信頼を得るために、京都から選りすぐりの美少女 少将局(しょうじょうのつぼね)を 義興に差し出したということだ。
勇猛な武将として名高い義興も美少女には弱かったらしく、すっかり竹沢を信じてしまったらしい。
しかし、義興の偵察役として潜入した少将局はホンキで義興を好きになってしまった。
竹沢が、腹心を待ち伏せさせた場所に義興をお月見に誘い彼を暗殺しようとする計画を企てたとき、 少将局はそのことを義興に伝えるために 「夢見が悪いから7日間外出しないで」という文を書いて彼の命を救ったのだとか。
竹沢は少将局の裏切りを知り怒り猛り、彼女を呼び出し無残にも切り捨ててしまった。 美少女にそんなことをするなんて、なんてヤツなんだ。
そんな少将局の屍を村人が憐れんで祀ったのが、蒲田駅から徒歩10分ぐらいのところにある
女塚神社(おなづかじんじゃ)
にある女塚霊神だ。 ここは 「愛の神社」という40をとうに過ぎたワタシにはコッパズカシい別名が付けられているが、皇太子殿下御成婚にまつわる碑も立っていて、恋愛関係の神社としては、かなりの格式の高さを誇っているようだ。
【新田神社】
主な伝説として
1)畠山一族が新田神社を祭礼すると吼えるという伝説が残る狛犬
2)一度入ると迷って出れなくなる迷い塚
3)平賀源内が“魔除け・開運・邪気退散”の守矢を作った竹藪
4)落雷で上部が焼けた樹齢700年の御神木
などがあります。
【豊島家の墓がある道場寺】
【女塚神社】
義興を内偵するために送り込まれたはずが義興との愛に殉じた少将局を祀る神社。
【頓兵衛地蔵(とろけ地蔵)】
頓兵衛とは義興の船に穴を開けた船頭の名前で、義興の霊により祟り殺されてしまったとのこと。
この地蔵は気の毒に思った村人が造ったものらしいが、義興の祟りのせいで、いくら造りなおしてもボロボロとくずれてしまい、一名を「とろけ
地蔵」と呼ばれている。 以前はイボを取りたい人、性病を治したい人がよくお参りにきているのだそうだ。
【(この近辺一帯)そこなし田圃】
この辺の水田地帯は、義興の祟りではまると出てこれない「底なし田圃」と呼ばれていたとのこと。
【十寄神社】
義興と最後を共にした猛将たちを祀った神社。 新田神社に願い事をするときは、まずここで祈願するとよいらしい。
【妙蓮塚三体地蔵尊】
矢口渡で義興に殉じた13人の家臣のうち、土肥三郎左衛門、南瀬口六郎、市河五郎の三人は潜水して、対岸の
数百の敵中に斬りこみ、討ち死にした。この時、村老たちが集まって、この三人の遺体をこの地に葬り、霊を慰めた。 その後、妙蓮という尼僧がこの三勇士のために地蔵尊を建立したのだとか。
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新田義興にまつわる場所
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