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謎★伝説探査
酒呑童子の首を刎ねた刀
※1:日本三大悪妖怪 他のニ妖怪は ◆玉藻前(たまものまえ) 白面金毛九尾の狐(はくめんこんもうきゅうびのきつね)が化けた絶世の美女 。 藤原得子がモデルとされる ◆大天狗 流刑にされた崇徳天皇が変化した姿。 それぞれの詳細はまたの機会に。 ※2:酒呑童子の出生 相当な美少年だったらしい。 西洋のサタンは地に落ちる前は光の天使だったように、真の悪というのは美と表裏一体をなす場合が多い。 酒呑童子ももともと絶世の美少年だったが、彼に惚れて恋煩いで死んでいった女性たちの怨念で(女性たちからもらった恋文を燃やしたらしい)鬼に変化したという。 それ以外にも母に捨てられた酒呑童子が各地を流浪するうちに鬼になったとか、比叡山にて修行中に禁じられている酒を呑んだため、鬼の面が顔から外れなくなったとか、いくつかの逸話が残っている。 ※3:神便鬼毒酒 酒呑童子討伐に向う頼光一行の前に老人の姿で現れた 住吉・熊野・石清水の三社の神が、「星甲(ほしかぶと)」という兜と共に頼光に与えた酒。 鬼が飲めば、鬼の神通力が失われ、人が飲めば、力が満々とわいてくる。 京都の成相寺には神便鬼毒酒を振舞ったときに用いた酒徳利が残っているらしい。 ※4:酒呑童子斬り安綱の伝説 ◆ホントっぽいもの 徳川二代将軍秀忠は自分の娘・勝姫にこの刀を贈ったのだが、勝姫の息子である光長が 幼少の頃、夜鳴きがひどかったのだが、光長の枕元にこの刀を置いたら夜鳴きが治ったという、 ホンワカとした伝説。 また、この光長が所有していた時代、町田長太夫という剣の達人が、六人の死体を重ね、 この刀で両断し更に地面にまで食い込んだという試し切りの結果が残されている。(六つ胴裁断土壇払い) ◆アレっぽいもの この刀はもともと坂上田村麻呂が伊勢神宮に奉納したもので、それを源頼光が夢のお告げにより貰い受けた。 南北朝の時代(鎌倉時代と室町時代の間)、新田義貞の所有の頃。 義貞が鎌倉攻めの際、稲村ケ崎が満ち潮のために渡れず、この刀を海に投じたところ引き潮になり、鎌倉に攻め入ることができた。 もともとこの刀は、これを造った安綱が竜宮に献上したもので、江豚(普通はカワイルカを指すようだが、ここではおそらくクジラのことでなないか)が飲み込んで百年以上経ってから腹から取り出したという伝説があるので、義貞の伝説はこの刀を元の竜宮に返したという意味だろう。 江戸時代、徳川光長所有の頃。 刀を研ぎなおすために、上野広小路の本阿弥家に預けていたとき火事に遭い、家の者が非難したときに本阿弥家の屋根の上に白い狐が現れ、まだこの刀が家の中に残っているのを教えた。それで歌人が火の粉をくぐり家に戻って無事、この刀を持ち出したという。 | |||