「閻魔像」と「奪衣婆」が睨みをきかす寺/霞関山 本覚院 太宗寺(新宿二丁目)

東京有数の「ハッテン場」として有名な「新宿公園」のすぐ近くに、都内最大規模の閻魔像がある「本覚院」があります。

曰くありげな土地(w)なので、当然いろいろな逸話があるんですよね♪ それにここには「閻魔像」だけでなく、ホントいろいろあるんですよ!

この地に宿場を開いた内藤家の菩提樹を祀る寺

慶長元年(1596年)ごろに僧・太宗が開いた草庵、「太宗庵」が前身であるとのこと。その後、(この地に下屋敷があった)安房国勝山藩主であった内藤正勝の葬儀を行ったことを契機に寛文8年(1668年)に正勝の長男重頼から寺地の寄進を受け、太宗を開山として太宗寺が創建されたらしいです。

銅造地蔵菩薩坐像:東京都指定有形文化財(彫刻)/ 正徳2年(1712年)に造られた、江戸六地蔵の第三番らしいです。

焔魔堂/この中に「閻魔像」と「奪衣婆像」とがあります。金網があって写真を撮りずらいのが難点なんですよね・・・。

金網越しに撮影した閻魔像。かなりの迫力。後で書くような逸話がいくつも残されています。

閻魔像の向かって左に設置されているのですが角度的に撮影困難だったので、案内板の写真を掲載しました。実物は思ったよりもデカくてかなり怖いですよ。

塩かけ地蔵/自分の悪い個所に塩を塗り込むと治るなどの逸話があります。これもかなり不気味です。

この地に宿場を作った内藤家の菩提寺がここにあります。まさにこの寺が「新宿のシンボル」なんですよね!

「水晶でできている」と言われる「目」を盗もうとした男の末路とは・・・

閻魔像の両眼は「水晶でできている」という噂があるようです。ま、この写真をみるとそんな感じには見えないって思う方もいるかもしれませんが、そんなこと言っているとバチがあたるかもしれません♪

弘化4年(1847年)に閻魔像の両眼を盗もうとした「勝五郎」という桶町二丁目(今の中央区八重洲二丁目、および京橋周辺)に住む鳶職が、眼球を抜き取った瞬間に眼球から放たれた閃光に打ちぬかれて気絶してしまった、という逸話があるようです。

年代もその男の名前も住所も残っているので、まるっきり作り話とも思えないんですよね・・・。

他にも、乳母が赤子を連れて閻魔像をお参りにきたとき、乳母がウトウトとしていたら、赤子がいなくなり、閻魔像の口から赤子の帯が垂れ下がっていた(つまり閻魔像に食べられた)という逸話もあるようです。

ま、これは単に「乳母が居眠りしていたときに、赤子が人さらいに連れ去られた」ってことなんだと思うのですが・・・。

現在でも「魔界都市」的なイメージのある(w)新宿(特に二丁目あたり)ですが、江戸時代からかなり良い感じの土地だったようです♪

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